サービスの追求
今我が家では、サルビアの花が今が盛りと咲き誇っている。本来なら夏の盛りに咲いてほしいのに、ただただ緑の葉を茂らせて終わるだけなのかと思われた数ヶ月を経て、今、誇らしげに咲いている。でも、季節外れの花を見ると、何となく寂しくなってしまう。そういえば、いまだにひまわりを見ることがあるが、心なしか控えめに咲いているような気もする。
故人が女性の場合、草花や庭木の世話をしている方が多い。水やりをしながら、ご近所の方と会話が弾んだ時代があったことも想像できるが、そんな方のお葬儀の時には庭の木の中から、あるいは好きだったお花の中から一輪、祭壇にお供えをしてあげたい。
何らかのご縁があって、しかもその方にとっては最後のご縁を結ばせてもらったものとして、させていただけることは何だろうか…ということを常に考えながら仕事に向かうが、悲しみの中にある方々が、心から喜び感謝の言葉をかけてくださる仕事は決して1人でできるものではない。チームワークである。まさにその表れだろうか。先日のお葬儀終了後、ご丁重な感謝のことばをかけてくださり、「この気持ちを、全スタッフにお伝えください」とまで、おっしゃってくださった。
ベテランの気遣いと若い感性を持った世代のコラボは、私が今専属司会をさせてもらっている会社が大手ではないからこそできる強みであり、もっともっと何かできるはず。もっと喜んでいただけるサービスがあるはずと強く思う今日この頃である。
2011/10/25
今日から始めます
コラムのタイトル「一期一会」は、若い頃から私が好きな言葉。そして今、人をこの世からお送りする式の司会をさせていただくお仕事に携わる中で、さらに強く意識している言葉です。故人にとっては最後に深く関わらせていただく人間ともいえるでしょう。現実の世界で目と目を合わせてお会いすることはなかったかも知れないけれどまだ近くにいらっしゃる。その方とお見送りをされる方々のために、私ができることを最大限にさせていただこうと、日々仕事に携わっていますが、その中で考えさせられたこと、「命」のこと、「親子」のこと、お寺様のお話、久世社長から教えていただいたことなど、日々の出会いの中から心に残ったことを折に触れて記していきたいと考えています。
さて、先日のお通夜での、お寺様のお話は、素人にもすんなり耳に入ってくるようなわかりやすいお話でした。「仏教では『死』という言葉は使いません。そのかわり『往生』するという言葉を使うのです。『往生』とは字のごとく行って生まれること、つまりお浄土で仏様となって生まれ変わるという意味です。」 なるほど…
今日、私たちは「往生する」ということばを、「てこずる」的な意味で使うことがよくありますが、日常的に使う言葉のなかには、本来は仏教用語でありながら、違った意味で使われている言葉がたくさんあるようです。「覚悟」「愛想」「下品」「愚痴」…一昨年の「大宝輪」に特集がありましたが、そういえばまだ読まずにあそこの棚に…これでは「御利益」がいただけないかも…
2011/10/21