生涯一職人
地域で要職を務めておられた方のお父様が亡くなられ、多くの方々がご弔問、そして告別式にもご参列下さった。故人のお歳は九十二歳であられたが、ナレーションを作りながら先日の、やはりご高齢でいらした方のお葬儀を思い出した。その方もご高齢で九十一歳であられた。
お二人に共通していたのは会社の創業者であられたこと。職人気質で仕事には厳しかったこと。そして、九十歳の御年まで仕事場へ顔を出し、自分でなければだめな仕事があるとおっしゃっておられたこと。そんな仕事への一途な思いがきっと長寿の一因であったのかもしれない。
体調を壊され床に伏してからも、無意識のうちに手はまるで仕事をなさっている時のように動かしていたというお言葉が印象的でした。
2012/7/27
「葬送の詞」も癒しの一つ
告別式でナレーションを入れる場合、ほとんどが導師入場の前、すなわち開式前に済ませることが多いが、私が司会をさせていただいている高級葬儀では、導師の引導作法(浄土真宗の場合は表白)終了後に入れるスタイルである。開式前のざわついた中とは違い、静寂な中でインパクトも強い。
ただ、中にはご自分の作法の流れを止められることを好まない導師もおられ、打ち合わせの際、そのあたりを確認させていただいたうえで、お気に召さなければ初めに持ってくることもまれにある。さて先日、式途中でのナレーションをかまわないと了承いただいた上で行ったが、すべてが終了し、お斎会場でご挨拶に伺うと「宗教儀式をやっているわけだから、こちらの段取りが狂ってしまった」と少々ご立腹のご様子であり、隣に喪主もおられすべてを聞いておられるのが気になり、ご気分を害されたことにたいして導師へお詫びを申し上げておいた。かといって、この基本スタイルを変える気はなかったのだが…
数日後、担当社員から「喪主様が、ナレーションがとてもよかったとお喜びでしたよ、お寺様はああいっていたけれど、私は非常に満足している、司会の方によろしく」との報告を受けて正直ほっとしている。お寺様の中には、ナレーションを楽しみにしてくださっている方がいらっしゃるのも事実。
宗教儀式をより身近なものにすることも大事なのではないだろうか。そうそう、そのお寺様が「司会の人に少し言い過ぎた…」とおっしゃっておられたことも付け加えておこう。
2012/7/20
ホテルマンから見たら…
依然よく葬儀司会をさせていただいていたところでは、葬儀部門とブライダル部門があり、スケールの大きな結婚式場が売り物でもありました。その部門間で配置転換もあり、笑顔を満面にたたえもてなしていた人間が、数日後には葬儀という悲しみに包まれた空間の中に身をおいているという現実の中で、上手になじんでいく人もいれば、どうしてなじめずやめていく人も見てきました。
そんな人たちを見ていて、概していえるのは、ブライダルから来た人たちはまず笑顔がいい。さわやか。姿勢もいい。だから立ち姿もきれいでした。人は第一印象がとても大事だから、きっと具体的な業務以外にも、接遇態度や表情、言葉遣い…など、サービス業ならではの訓練も受けていたのでしょう。葬祭業でもホテルマンが持つそんな印象って大事ではないでしょうか。
現在司会をさせていただいている会社に、先日一人のホテルマンが入社してきました。なかなかよく気遣いをしてくれる男性ですが、まだなにがなんだかよくわからない中で必死に業務を覚えようとしている段階のようです。しかし、慣れてくるといろいろな気づきや発見があることでしょう。小さな発見、気づき、疑問があれば遠慮せず発言してくださいねと、昨日私はミーティングでお願いしました。外からの視線を私は大事にしたいと思うのです。
2012/7/13
とも白髪まで
古い言葉で、「とも白髪まで」という言葉があります。これは結婚するときに、「お互いに健康で長生きし、仲良くやっていこう」という意味かしらと勝手に思っていますが、そんな言葉がぴったりのご夫婦にお会いしました。
結婚されて65年。職人一筋の道を歩まれ、90歳まで現役であられたとか。そんなご主人が、もうすぐ終焉の時を迎えようとしているときに病院を訪れた奥様は、ご主人の背中や体をさすりながら、「いろいろ大変な時もあったけど、仕事も順調、子や孫もやさしく気遣ってくれ、私たちの人生は本当に良かったねえ。幸せな人生だったねえ」と、声をかけられたそうです。
通夜振舞いが少し落ち着いた頃奥様にお話を伺ったときに、そんなお話をしてくださり「よく聞いてくれました」とおっしゃった奥様。かなりのご高齢でありながら、初対面の私にそんな気遣いができるなんて、なんてすばらしい方なんでしょう。告別式のナレーションはその奥様のお言葉を使用させていただきました。私もあやかりたいと願い…
2012/7/6