準備不足に反省
最近、「年齢のせいかな」と思うようになったことが二つある。まず、いろいろな作業、仕事の処理時間が遅くなったこと、つまり仕事が遅くなったこと、そして睡眠時間を気にするようになったこと、つまり睡眠不足が次に日の仕事に災いすることを恐れるようになったこと。
そんなことなど以前は全く考えることもなく平気で徹夜をしたものだったが、最近はちょっとでも横になっておこうと徹夜は極力避けるようになってきた。そうすると、完璧に準備ができていないのに寝てしまい仕事に臨んでしまう。プロとしては最低なことだと思いながら、先日やってしまった。
式中に触れたいこと、語りたいことがたくさんあり、開式前から式中、式後とベストなポジション、ベストなコメント、その所要時間…などイメージはできても完璧に準備できなかったために、少しほかのことに気を取られたすきにコメントのタイミングが大きくずれてしまい、少し落ち込んでしまった。まぁ、おそらくそれに気づいている人はいないと思うが、自分的には大きな反省点である。一方で、ぎりぎりまで考え抜いて、「あっ!この言葉だ!!」と思いついたコメントが言えたのは、よかったと思う。
司会をしながら思うのは、司会は決して主役ではないけれど、言葉にできない遺族の「思い」を、代わりに言葉という「かたち」にして差し上げることであり、さまざまな人が集まった式場の空間に、送る側の一体感を作り出すことと自分では考えている。もしかすると本来の葬儀司会から外れているかもしれないが、「ことば」を最大の仕事道具としているからには、それを最大限に生かしたいという私のこだわりがある。
2012/2/20
温かなひととき
先日のお通夜には200人を超える方が訪れた。市井人には珍しく多い参列者。大会社で重職にあられたわけでもなく、かといって町内会で役員をされていたわけでもなく、ほとんどすべてがプライベートでおつきあいされているご友人の皆様と言っても過言ではないほどであった。それほど、アフターファイブの時間、多くの皆様と楽しいひとときを過ごされ、その交友関係の広さを物語るものであった。
通夜振る舞いのさなか、一人の初老の紳士が訪ねてこられた。お顔を見てすぐに元国会議員、閣僚でもあられた方と気づいたが、若いスタッフは名刺を見て初めて驚いている始末。早くお顔を覚えてほしいものである。
さてそのお方、失礼ながらお仕事でこられたのかと思いきやアフターファイブのお仲間であり、故人を愛称で呼ばれるほどの間柄であられたことを知ったのは、お持ちになった弔意文を読ませていただいてからのことだった。翌告別式において、弔電関係のトップに読ませていただいたが、その温かく、軽妙洒脱な文章はさすが。もちろん達筆でもあられた。
よくありがちな、例の型にはまった弔意文とは全く違ったその文を読みながら、弔電拝読のひととき、いつもとは違った温かい空間が一瞬生まれたように思えた。
2012/2/16
先日のお式から
先日担当させていただいたのは、今まで一度も経験のない御宗旨のお寺。私どもがあまり経験がないということは、そのお寺の方々も葬儀会館での式事のご経験が少ないということが多々あり、打ち合わせさせていただくときも、とても優しく丁寧に教えてくださることが多い。そのお寺のご住職もそうであった。
さてこのご住職、おつとめがとても丁寧で、ご自分が「まさにこの時!」と思われるときまでおつとめを続けられ、お通夜も2,3時間かかるとおっしゃるのである。実は「お葬儀屋さん泣かせ」なのだと苦笑された。それはある意味とてもありがたいことなのだが困ったことが一つ。奈良や京都では、一般参列者は焼香が終わればほとんどの方がすぐに帰られるというが、大阪は違う。よほどのことがない限りほとんどの皆様が、30~40分ほどの式の最後までおられるケースが多い。まして、顔見知りの町会の方々であればなおさらのことである。きっと、京都や奈良方式を知らない方も多くおられると思う。ブーイングは間違いない。
そこで一計を案じ、喪主様やお寺様の快いご了解のもと、ご焼香後ご予定おありの方はお帰りになってもかまわないということをそっと参列者の皆様にお伝えし、滞りなく終了した。ご住職もがんばってくださって(!?)1時間30分で終えられた。非常に満足げであられた。
これまで30年近くのマイクを持つ仕事に携わってきた。その経験と年齢からくるずうずうしさで現在仕事をこなしているという事実は否めない私であるが、今年はもっと根本的なところから葬儀というものを学びたいという抱負を抱いている。まずは月刊購読している本に必ず目を通すところから、始めたい。
2012/2/6
厳寒の外施行
この冬一番の寒さといわれた先日、仕事に出かけようとすると、外は吹雪だった。気合いがはいる。
それは、寒いというより体が凍りそうだった。仕事というより「行」であった。というのは、暖かな会館での仕事ではなく、暖房の全くない外での仕事だったから…いくら司会席が屋内の玄関だとはいえ、ドアは開いたままなので外の風がまともにはいってくる。外を見やると、雨混じりの雪が横なぐり状態。。そんな中、6、70人ほどの弔問客がじっと立っておられた。気の毒でしょうがなかった。
おそらく私の声は震えてはいなかったと思うが、全身に力が入ったまま震えが止まらず、マイクを握って進行した。帰宅後全身が筋肉痛のような疲労感につつまれた。
以前外施行の仕事をよくしていた頃は、下着、足元、カイロ…と、準備が万全であったが、このところ久しく会館だけでしかやっていなかったため うっかり何一つ準備せず、われながらうかつであった。翌日は準備万端で臨んだのはいうまでもない。
そんな中、8人ほどからなる楽人さん方の演奏の音色が、何ともいえない空間を作り上げていたのが印象的であった。普段神式の時に使用するMDとはやはり比較にならないほど、生の演奏はすばらしく迫力があり、厳かであった。
2012/2/3