私も親だから…
亡くなったのは小学5年生の女の子。おませになってきた年ごろだろうか。希望に胸を膨らませ、今を存分に楽しんでいる明るい女の子でした。
お通夜の前にお母さまから、葬儀の時にこれを読んでほしいと、亡くなったお嬢様へあてたお手紙を渡されました。
愛情と無念さがにじみ出ているそのお手紙に目を通した時、スタッフに、「私、これ読めないかもしれない…」ともらしてしまいました。
そして葬儀当日、やはり駄目でした。淡々と読むのは厳しかった……式場中、そしてスタッフのすすり泣く声を耳にしながら、それでも何とか最後まで読み切りました。
声のコントロールがきかずようやく読めた自分、冷静に読み方を考えながら読んでいる自分…といくつもの自分を感じながら。
やはり、親として同じように子育てをし、泣いて笑って怒って励まして…共に過ごした時代があるからこそ、瞬時にしてお母様の心に同調してしまうのでしょう。後で取り乱した自分を振り返り、ちょっとみっともなかったかなと思いつつ、これも仕事を超えた偽らざる私の姿だから…
お近くの方だから、機会を見つけて、またお参りに行かせていただこうと思っている。
今日は椅子の一部を取り払い、多くの参列者が少しでも館内に入れるようにと立ち席を用意しました。これにより、倍の方が式場およびロビーでお式を見ていただくことができましたが、やはりお年寄りのために椅子はいると思い、いくつか準備してもらいました。また、社長から見送ってくれた同じクラスの子たちにノートでも…とアドバイスをいただき、おうちの方にそのようにアドバイスをするよう伝えました。この日の証として…
2012/3/27
仕事への誇り
出社すると、机の上に一冊の本がありました。東日本大震災で多くの亡くなった方々を御葬送してきたある葬儀社さんが、その記録を一冊の本にまとめて出版されたのです。そのご苦労こそ、ほんとにひと口では語りつくせぬものであり、そこにかかわったさまざまな職種の方、多くの方の並々ならぬ尽力は、ただただ頭が下がるばかりでした。明らかに「仕事」を超え、人としてのいたわりに満ちたものであり、今後も地元の方とは本物の「絆」に結ばれた存在であるに違いありません。そして、その社会的役割も大きくクローズアップされ、ご自分たちのされてきたこと、その仕事に大きな誇りをお持ちになったことでしょう。
自分の仕事には、仕事そのものに対する誇りとともに、その仕事を遂行するにあたって、自分はプロであるという誇りを常に持ちたいものです。
時代の流れか、最近は福祉のお葬儀も増えてきました。ご当家にもさまざまなご事情がおありでしょう。でも、私たちは「送る」気持ちを大切にし、金銭で割り切った作業におわってはいけないと、若い社員に言いました。
すべてをお金、つまり利益で切るならば、「一丁上がり!」の作業に終始してしまい、そこには仕事への「誇り」など、決して生まれないと思うからです。ものづくりの仕事にかかわっているのではなく、人の「生」と「死」の最終章にかかわる尊い仕事に、せっかくかかわっているのですから…
2012/3/14
司会の修行
一昨年から昨年にかけていくつかの司会研修セミナーを開催してみた。初心者対象のもの、経験者対象のスキルアップセミナー…私ごときが講師を務めるのもおそれおおいとは思いつつ、フリーアナウンサーとしての立場から多くの葬儀司会者を見たときに、もっとレベルアップできることがあると思ったり、技術の前にまず意識向上から…と、高級葬儀の久世社長にもご協力いただいて開催にこぎつけた。
その受講生が今、日々実践の場で研鑚を重ねている。微妙なタイミング、言葉遣い、スタッフの動線、器械の操作、司会の役割…業者によってずいぶん違うし、また担当によっても要求度が異なる。行くたびにへとへとらしいが、経験を重ねて自分のスタイルを作り上げてほしいと思う。そして、何よりも「謙虚」な気持ちをいつまでも持ち続けてくれれば…と願う。
ホームページを見てくださった方から、司会養成講座への参加希望のメールをいただいている。現在時間的な余裕が全くないことに加え、開催すればするでさまざまな課題も浮かび上がってくるので、なかなか足が踏み出せないじょうたいで、待ってくださっている皆様には申し訳ない気持ちでいっぱい。でも、常に「もっと上を…」という気持ちで仕事に臨んでいれば、いつかは道が開けてくるに違いないと思います。それまで、あなたはそこで、私はここで頑張りましょう
2012/3/4